エーザイのてんかんの治験E2082で死亡例?プロが解説をしてみた
ニュースの概要
2019年11月29日、厚生労働省より、2019年7月30に大手製薬会社のエーザイより発表された治験の死亡例についての調査報告書が発表された。
今回、死亡例が確認された治験は、主に健常人を対象とする第T相試験により発生したもので、対象の治験薬は抗てんかん薬であった。
詳細な経緯と本治験の状況は以下の通り。
・死亡した被験者(以下、「被験者 A」という 。)は、最高用量 (15mg /日) ・10 日間反復投与の本剤群に参加し、予定の投薬を受けた 。
・治験薬投与中には軽度〜中程度の眠気及び浮動性めまいが認られ、終了後3日間の入院観察期間には軽度の悪心、眠気及び浮動性めまいが認められたが、それ以外は特段の異常を訴えずに退院。
・その後、被験者は退院日当日に自主的に再来院。入院観察期間中に幻視、幻聴、不眠があったことを訴えた。医療機関側は、被験者の受け答えがはっきりしており、容態が安定していたこと等から経過観察を決断したが、翌日朝、警察から被験者Aが電柱から飛び降りて死亡したことが伝えられた。
厚生労働省「エーザイ(株)の治験における被験者の死亡事案に係る調査結果の概要」より引用
厚生労働省の調査結果
厚生労働省により、治験を実施した医療機関と治験依頼者であるエーザイに対する立ち入り調査等が実施されたとのこと。
調査の結果、以下の報告がされました。
・治験薬 と被験者 A で生じた有害事象 との因果関係は否定できない。
・治験実施医療機関は、被験者から治験参加の同意を得る際に、治験の概要や予測される副作用について情報提供していた他、緊急搬送先及びその手順を定める等、緊急時に適切な医療を提供するための措置を講じていた。また治験依頼者は、実施医療機関等の選定にあたり、医療機関に多くの治験の実績があること、治験で必要な検査等の実施が可能なこと、緊急時の対応が定められていること、治験責任医師となる者に中枢神経系の第T相試験を含めた治験の実績があること等を考慮していた。これらを踏まえると、治験実施医療施機関及び治験依頼者に GCP 省令の規定からの重大な逸脱に該当する所見は認められなかった。しかしながら、その理念に 従い、より配慮を要する事項があった。
厚生労働省「エーザイ(株)の治験における被験者の死亡事案に係る調査結果の概要」より引用
報告書の解説
厚生労働省の報告書を見て、治験薬の開発をする仕事に携わっている身として気になった箇所を赤字にしてみました。
治験の仕組み等も含めて詳細に解説していこうかと思います。
第T相試験とは?
今回の件で、被験者が参加していた「第T相の試験」というところから説明をしていきましょう。
そもそも「治験とは」というところからになるのですが、みなさんは「治験」って何かご存知でしょうか。
絵で説明をした方が分かりやすいので、以下の絵を見てみて下さい。
臨床研究、臨床試験、治験はどれもヒトを対象にしたもので、臨床研究というのが一番大きなくくりになります。
臨床研究は、ヒトを対象に調査するもの指し、例えば、宇宙飛行士の調査のため、「閉鎖空間に24時間閉じ込めたらどのようなヒトはどのような心理状態になるのか」等を検証する研究があった場合には、それは臨床研究と言います。
臨床試験は、ヒトを対象に化粧品や健康食品等の効果や安全性を調査するようなものを指します。
更に治験は、ヒトを対象に医薬品や医療機器の有効性や安全性を調査するものを指します。
医薬品や医療機器(一部を除く)については、厚生労働省からの承認を受けないと販売することが出来ません。
そのため、世に出ている医薬品等は必ず治験がおこなわれているのです。
そして、その治験ですが、第T相〜第V相に分類されています。
開発相 | 主な調査内容 | 主な対象 |
第T相 | 安全性、薬物動態 | 健常成人 |
第U相 | 用法・用量 | 軽度な患者 |
第V相 | 有効性・安全性 | 軽度〜重度な患者 |
第T相試験では、ファーストインヒューマンといい、初めてヒトに薬が投与されることが多いです。(一部、既に承認されている薬の適応拡大等の試験など、初めてヒトに投与では無い場合があります)
また、対象は、主に健康成人男性なのですが、抗がん剤等、明らかに副作用が強く出ると思われる薬の場合は、健康成人に使ってしまうと大変なことになりますので、第T相から患者さんを被験者とします。
実薬群とプラセボ群
治験のデザインにもよりますが、多くの治験では二重盲検試験という方法を使用しています。
二重盲検試験とは、実薬群がプラセボ群(有効成分が何も入っていない実薬に似せた偽薬)のいずれかの群に割り付けられ、どちらに割り付けられたか担当医師、被験者、製薬会社(一部の人を除く)の人が分からない状態にして試験をすることです。
これは、どちらの群に割り付けられたかを知ってしまうと、バイアスがかかり、適切な評価が出来なくなってしまうことを防ぐために取られる方法です。
もちろん、緊急事態などが起き、必要があればキーオープンといって、医師がどちらの群かを知ることも出来ます。そして、治験が終わり、薬の有効性や安全性が評価されるタイミングになったら、どちらの群に割り当てられたのかが分かります。(分からないと評価ができないため)
そして、今回の被験者が割り当てられていたのが、プラセボ群ではなく、実薬群だったという報告でした。
ここで、もしこの被験者がプラセボ群に割り付けられていたら、実薬との因果関係は否定できたのでしょうが、実薬群で起きてしまっているため、「有害事象との因果関係は否定できない」となったのでしょう。
この他にも、例えば合併症としてうつ病を患っていたなどがあり、自殺に至る明確な他の原因があれば因果関係の否定はできるのでしょうが、恐らくこれも無かったため、因果関係は否定できないとの判断になったものと思われます。
この類の事例で着目するポイント
実は、世界的に見れば、治験で起きてしまった事件は色々あります。
有名なのは、2006年3月にロンドンで起きたTG1412事件や2016年1月にフランスのレンヌで起きたレンヌ事件などがあります。
(詳細はこちらの記事にも記載しています。)
先ほどお話した通り、第T相の試験は、ヒトに初めて投与することが多いため、その設定用量が適切に設定されていたのかがポイントになってきます。
TG1412事件やレンヌ事件、いずれも治験で設定された用量について問題があり生じたとされています。
今回のE2082試験では、その設定用量が適切であったかの報告が実は厚生労働省の報告書には記載が無いため、個人的には気になるところではありました。
つまり、15mg/日の10日間反復投与が適切だったのかどうか、ここはかなり気になるところなのですがどうだったのでしょうか。
GCP省令からの重大な逸脱なし
治験は、GCP省令という治験を実施するうえでのルールをまとめたものを遵守して行われます。
主な内容は、書類上の手続きについてや、被験者の人権や安全性等がしっかりと守られるようにどのような行動をするのか等が書いてあります。
治験はこのGCP省令を遵守することは当然なのですが、その他にも治験実施計画書(プロトコール)や手順書(検体採取の手順書や治験薬管理手順書等)もしっかりと遵守しておこなわれるべきです。
報告書では、GCP省令からの重大な逸脱は無かったことは分かりましたが、治験実施計画書や手順書についてしっかりと遵守していたかまでは読み取れませんでした。
こちらも、先ほどの用量設定と同じく、開発に携わる人間としては気になるところでした。
まとめ
今回の厚生労働省からの報告書をまとめると「被験者の死亡について、治験薬との因果関係は否定できない。そして、実施医療機関、治験依頼者(エーザイ)の体制には問題は無かった」というのが結論です。
今後、続報があるのかは分かりませんが、個人的に気になる部分が解消されていないため、少々すっきりしない部分があるのが少々残念でした。
どんな薬にも副作用はあるように、薬というものは危うく毒とも言えます。
しかし、治験をして世に薬が出なければ世界中で病気で苦しんでいる方を救えないのもまた事実です。
今回亡くなってしまった方に対しては、ご冥福をお祈りいたします。